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核についての考え
2009 / 08 / 16 ( Sun ) 14:42:48
昨日放送されたNHK「核 日本の、これから」の最後一時間ほどを視聴しました。
驚いたのは、私が考えていたよりも結構核武装賛成派の人がいたことです。
その意見を言った人の中には結構過激な人がいて、日本の戦時中に戦争を進めていったり鼓舞していた人はこういう人だったのではないだろうかとちょっと怖くなりました。北朝鮮が核を持って、その途端にアメリカの態度が変わったことを見ている私たちの中には、賛成派が結構いてもおかしくないと思えます。その中に、ああいう過激な人がいてももしかしたらおかしくないのかもしれない。
一般的な賛成論は頭では理解できるつもりですが……。
私は、賛成派の人にはぜひ、というか今平和ボケしている若い人たち(平和ボケは別に悪いことではないと思いますが、その平和を当たり前だと思い、武器を持つべき、戦争起こってもかまわないなどというような人たちはもっと歴史を勉強するべきと思います)、そしてこれはちょっと話題からズレますが日本は原爆を落とされて当然だったと思う人たちには、広島や長崎の原爆の話をもっと知ってほしいと思います。私は最近テレビで、かなりリアルな広島長崎の番組を見ました。被爆者の話、モノトーンの写真だけでなく、カラーの映像がかなり生々しくてグロかった……。あまりにも気持ち悪くなってしまいチャンネルを変えましたが、原爆が落ちた当時、それは目を背けることのできない現実だったのです。
核武装賛成する人が戦争賛成だとは思いませんが、武器を持っていることは戦争することが可能だと示すものであることを忘れてはいけないと思います。
そして、戦争可能であることも納得して賛成する人には、もしかしたら自分の父親、恋人、兄弟、友達、子供など身近な人々が戦地に赴くことを想像してほしいと思います。そして戦地に赴かなかったとしても、国内で、いつ空襲が起こるか、命の危険と向き合うか、食べ物が十分に手に入らなくなるかもしれないなどの不安が訪れることを想像してほしい。
私たちは、戦争の時代に身近な人々を戦争の為に亡くしたりなどの壮絶な経験をした様々な話をいろいろな形で知っているはずです。それは、「ただ知る」ことだけが目的ではなく、これだけひどいことなのだからもう「繰り返してはいけない」と感じているからこそ、今まで何十年経っても語り継がれていることではないでしょうか。
戦争可能であることも納得して賛成する人は、どうしても、「自分にだけは家族や身近な人が亡くなることとは関係ない」と思っているとしか思えない。
今、戦争の起こっている場所など大変な地域に救助活動に行く自衛隊の行動を上の人が決めることができたり、私たちのような一般人が軽率に意見することができるのは、それを自分の立場として置き換えることができないからなのではないかと思います。
私たちはもっと、自分の周りの同じ国に住む人たち、ひいては他の国に住む人たちのことを、自分のことと置き換えて考えてみる努力をするべきなのではないかと思います。その苦労や痛みがもし自分の上に起きたらということをリアルに想像して、それでも、それを受け入れろと簡単に言えるのでしょうか。


私は断固として日本の核武装には反対したい。
理想論かもしれませんが、世界中の人たちが他人による命の危険などに脅かされないで暮らせる平和な世界をつくっていくことを、目標とするべきだと思います。日本は唯一の被爆国として、世界に「核を持たずつくっていく平和な世界」を目指そうと訴え続けていくべき。たとえそれが理想にしかすぎなかったとしても、そうだと思います。
とすると、核武装にすることによって、日本の立場は今よりも世界で認められるのだろうか、安全度はあがるのかどうか、そして、本当に抑止力になるのかどうか、と言う点が補われるのかというところで疑問をなくすことができないのです。

以下、下手な私の意見ですが;展開に自信がないので隠しておきます……。
まず、日本の立場は今よりも世界の中で認められる、なんてことはないと思います。今まで日本は非核三原則を掲げ、被爆国として訴えてきた様々なことに、核を保有することによって矛盾ができてしまうからです。行動や意見に矛盾のある国は、いつか相手にされなくなってしまうのではないか、というのは極論ですが……。

そして、安全度が上がるなんていうこともないと思います。日本が核を持とうとする過程の時点でアメリカを敵にまわすと思うし、日本が持ってしまえば、近隣のアジア諸国はそれを脅威として一気に核保有度が高まるでしょう。すると、結局今まで核を持っていなかった国にまで核を持たせて危険があがったことになるのではないでしょうか。国際社会の一員としても、他国が核を持つときの騒ぎからも想像できるように日本が持つときにも反対されるでしょう。反対を押し切って核を持ったときに、日本に信頼してくれるものはないのではないでしょうか。

最後に、抑止力。私は、核武装は抑止力になるとも思えません。持ってない=他国に攻撃しない=他国の敵ではない、ということで存在する抑止力の方が強いと思います。……ここを丁寧に説明するのは難しいですが。
例えば、同じ武器という点で核を銃、他国との関係を近隣の人との関係と置き換えて考えてみます。
近隣の人が銃と持っていたとします。いつ何が起こるか分からないから、自分を守る為に銃を持ちます。すると、みんなも同じように考えて銃を持つかもしれません。その結果、うっかり近隣の関係が悪くなったときに、銃が乱射され人が亡くなることになる可能性ができていしまいます。まあ、そんな可能性は大きくはないかもしれませんが。いずれにしても日本は、銃を持っている人はゼロではないにも拘らず銃を持つことを禁止しているのは、銃を持つことでの抑止力を認めていないからではないかな……。そして、周りの人が皆銃を持っていることに怯えるよりも、皆銃を持つことをやめようと訴えて最終的に誰も銃を持たない社会で暮らすことができたらどれだけ安心か(抑止力とずれてきているかもしれませんが)。銃を持たない社会なんて理想かもしれませんが、それを追求していく権利はあるはずだし、皆にその考えが浸透すれば、理想が理想ではなくなるかもしれません。
同じことを核に置き換えて考えれば。世界中の国が核をそれぞれもつことは、核を持ってるから抑止力になって安心というより、世界大戦になるかどうか一触即発の状態になってしまうのではないでしょうか。

オバマ大統領が核軍縮を進めていくと言ったのを信じて、核を持たずに実現する世界平和を願いたいと思います。
と言うか、これこそありえないですが、世界中の核保有国がいっせーのせで核を放棄できたらいいのに。

乱文失礼いたしました。
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